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雇用調整助成金ご利用時の留意点(2020.4臨時号) | 社会保険労務士法人ラポール|なにわ式賃金研究所

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2020年1月~12月

雇用調整助成金ご利用時の留意点(2020.4臨時号)

●雇用調整助成金ご利用時の留意点(2020.4臨時号)

新型コロナウイルスの猛威が収まりません。12年前のリーマンショック時にも、弊社では相当数の雇用調整助成金を手掛けましたが、まさか再びこの助成金に付き合うことになるとは、正直、夢にも思っていませんでした。当時の不況は、風上から風下へ、という感じで、金融から端を発し、素材や製造といった業態へ伝播しましましたが、飲食や物販、観光など、最終消費者と繋がる裾野の広い業界へ波及する前に収束した感がありました。しかし今回は、まずこれら裾野の広い業界から痛んでいることから、影響を受ける範囲が格段に違うと感じています。

今回もリーマン時と同様にかなり要件を緩和して利用できる告知が厚労省より出ていますが、このメールマガジンの執筆段階(4月13日)では、細部がまったく把握できない状況でありますが、今わかっている範囲で

1.助成金の概要
2.利用を決断した場合の今から検討しておくべき留意事項
3.注意点とデメリット

を解説したいと思います。

1.雇用調整助成金(特例措置4月から6月まで)の概要  

経営状態悪化により、従業員を休ませ、その間に休業手当を支給した企業に助成するもの

(1)対象となる事業所:雇用保険の適用事業所
(2)対象となる労働者:雇用保険の加入対象にならない短時間パートを含めた全労働者
(3)売上減少要件:コロナにより業績が直近3ヶ月と前年同期間の対比で10%以上低下していること
   (前年対比がない場合は、令和1年12月と比較)
   (6月30日までは5%の減少、1ヶ月対比でも可)
(4)休業手当:従業員を休業させて、労基法26条による6割以上の休業手当を支払うこと
(5)助成額:5分の4(解雇を行わなかった場合は10分の9) ※中小企業の場合
(6)事前計画の届出:原則、休業させる前までに計画届の提出が必要(但し6月30日まで事後提出可)
(7)支給申請時期:給与締切日から2ヵ月以内に1か月単位ごとに請求


2.利用を決断した場合の今から検討しておくべき留意事項

前記(6)の通り、特例措置の期間は計画届の事後提出でも認められますが、支給申請時には事前に計画届を出しているときと同じ状態での事務処理を計画届を出す前からしておかないと支給されません。

事務処理の主な留意事項は以下の通りです。

(1)休業協定書の締結

休業を開始する前までに、労働者代表と休業協定書を締結し、休業手当の支給方法を決めておかなければなりません。支給方法とは、6割から10割の間で、何割の支給とするのか?、また対象とする賃金の範囲(どこまでの手当を含んで日割り計算するのか)ということです。


(2)休業(予定)シフト表の作成

誰を、いつ、休業させるのか、休業させるシフトを決めておき、それに基づいて計画的に休業させてください。その際、班別など全員一斉でなくても構いません。


(3)休業手当の支払い

必ず賃金台帳に「休業手当」の項目を設け、休業協定書に定めた方法にて支給しておかなければなりません。また支給欄に休業減額の項目を作り、休業日数分を欠勤控除しておかなければなりません。仮に10割保証する場合であってもです。

〇記載例〇   
支給率を60%で協定、月所定労働日数20日、休業5日、通常の給与:基本給20万円 役職手当5万円 皆勤手当1万円 家族手当1万円 通勤手当1万円の場合で通勤手当は日割りしないとした場合


基本給  200,000
役職手当  50,000
皆勤手当  10,000
家族手当  10,000
通勤手当  10,000
休業手当  40,500
休業減額 ▲67,500
計    253,000


1日当たり休業手当額=(基本給20万+役職5万+皆勤1万+家族1万)×60%÷20日=8,100円
1日当たり休業減額=(基本給20万+役職5万+皆勤1万+家族1万)×÷20日=13,500円


(4)タイムカード(出勤簿)の特別印字

所定労働日に休業させた日には、「特休」「休業」など、有給休暇やその他の休日と明らかに分離して分かる方法にて記録しておいて頂く必要があります。


以上が最低やっておいて頂きたい事務処理ですが、以下の事項も副次的に必要となります。

(5)就業規則、賃金規程の整備(特に10人以上の事業所)
(6)完全週休2日制でない会社は、変形労働時間制の協定(年間休日カレンダー)の整備(過去2年度分必要)
(7)上記1(3)の要件(10%減)が確認できる月次の損益計算書(残高試算表)
(8)休業協定書にサインした代表労働者を過半数労働者が信任していることが分かる選任書(雛型あり)

3.注意点とデメリット


(1)休業手当の9割が助成されるのではない、また支給率の差額を助成するものでもない     


例えば、ある会社が月給30万円の社員を休業させ、休業手当60%の18万円を各自に支払ったとします。10分の9の助成率ですから、16.2円が助成される???答えはノーです。

この仕組みは少し複雑なので、具体例を挙げてご説明します。

前年度の年度更新(労働保険料の申告)における雇用保険料の算定基礎となった1年間の賃金総額÷(前年度の1ヶ月平均雇用保険加入者数×前年度の年間所定労働日数)に休業手当率を乗じるという計算式にて、その企業に支払う1日当たりの助成額が決まります。

前年度12か月間の雇用保険加入者が各月1名
年間で支給した賃金総額が330万円
前年度の所定労働日数が260日、
休業手当を60%で労使協定
1名を休業10日の場合

3,300,000÷(1×260)=12,936円


12,963×60%=7,616円(この1日単価は8,330円が上限)


助成額=7,616×20日=152,320円


実際には30万円の社員1名を休業させて、休業手当18万円を支払っており、その90%は162,000円ですが、支給されるのは152,320円であり、このケースですは9,680円の差額が生じます。


またこれもよく誤解があるところですが、本来額30万円と休業手当18万円との差額である12万円を穴埋めしてくれるわけでもありません。


(2)助成金が降りるのは3か月を覚悟


現在、助成金の窓口は相当混雑しており、対面相談を行わないところもあります。行政機関の中でも間引き勤務が行われているようで、電話もほとんど繋がりません。4月10日に申請書類を大幅に簡素化し、審査体制を見直し、原則1ヶ月で受給できるようにするとの発表がありました。

しかしリーマン時でも、窓口は相当混雑した記憶から、今回はそれ以上の申請件数になることが容易に想像されます。手続きが簡素化されるということは有難いのですが、反射的作用として爆発的な申請が起こるはずです。申請も郵送受付が主流になることから、その場でチェックされることがないので、細かな手直し等のやり取りも後刻となるため、そのやり取りでも時間と手間を要する可能性もあります。

従って1ヶ月で処理完了というのはかなり難しいと思っており、大都市部では3か月から半年程度はかかると思っておいた方が無難と考えています。そうすると、この助成金を運転資金として考えることはできません。あくまでも事後補助であり、今すぐいるお金は、融資などその他から工面する必要があり、少なくとも緊急事態宣言下においては手持ち資金として期待することはできません。


(3)リーマン時に感じた(良くない)副作用


これは前回のリーマンショック時に感じたことで、今回も同じような“良くない傾向”が副作用として出る可能性があります。

〇デメリットその1

この助成金は、従業員を休業させてその間に休業手当を支払うものですが、基本的にその休業手当は休業1日に対し、平均賃金1日あたりの金額の60%以上を支払う必要があります。そして多くの中小企業は60%から80%程度で支給することが多いのですが、いずれにしても従業員の給与は通常の給与額から減額されることになります。
またこの間は残業もほとんど行われていない現状から、その手取り額は相当程度下がるのです。つまり、会社には助成金が出ますが、従業員の給料は下がったままなのです。それが1,2ヶ月のことならまだ我慢も出来るかも知れませんが、相当期間経過した場合、モチベーションを維持できるかが心配です。
人間というのは一旦獲得した収入の範囲で生活するリズムがついていますから、それがいきなり数万円減額されると、何かを切り詰めて生活する苦痛を伴います。例えささになことでも生活レベルを落とすのはつらいものなのです。


〇デメリットその2

上記と逆のケースもあります。つまり、100%補償しない限り確かに収入は減るのですが、一方で休んでいても給与補償される状態が相当期間続くことになります。世の中には額に汗して働いて、その労働対価として給料を受け取りたいという、健全な労働価値観をお持ちの方ばかりとは限りません。休んでいても給料がもらえるとなれば、またそれが慣性となる傾向が出てくるのです。休んで100%支給されるならなおならです。
よくあるケースですが、例えば腰痛や腱鞘炎で労災の休業請求をしていますと、いつまでも痛い痛いといって医師に証明を記載してもらい、働けるにもかかわらすいつまでも休業する従業員がいます。これとよく似たことがおこり、働くモラルを下げる可能性があるということなのです。


〇デメリットその3

助成金は一種の麻薬だと思っています。これは経営者に見られる傾向なのですが、一旦助成金の甘美な味に満たされると、その後も助成金に依存しようとする経営姿勢が起こりやすいということなのです。確かに今回のように非常事態の場合は仕方ありませんし、せっかく政府が予算をつけて用意してくれている経済雇用対策を、正当に利用することを全否定しません。もともとこれらの原資には毎年経営者が収めている雇用保険料を財源として組み込まれているものなのですから。
しかし助成金はあくまでも不労収入です。上記デメリット2で延べたように、労働者が不労収入に頼ろうとする傾向が、経営者にも現れるのです。また助成金を受給するには当然その支給要件を満たす経営労務管理が必要なのですが、ひとたび甘美な収入が目の前に現れると、普段は良い経営者のはずが、品格を落とした経営者になってしまうことがあるのです。

〇デメリットその4

この助成金の対象になる休業者は基本的に休業手当の支給を受ける人です。つまり強制的に休んでもらう従業員なのですが、しかし実際の現場では、全員を等しく休ませるとは限りません。つまりどうしても休業させられない従業員と、休んでもらう従業員に分かれることがあるのです。
特に中小企業の場合、一定の重要人物には仕事の関係上、休業されられないことがあり、必然的にその他の従業員に休業が偏ることがあります。つまり普通に働いて給料を得る人と、休んで給料を得る人が混在することになり、ここに軋轢が生じる素地があるのです。

(文責 特定社会保険労務士 西村 聡)

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