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コロナの陰で密かに進行する、賃金の消滅時効期間の延長(2020.11月号) | 社会保険労務士法人ラポール|なにわ式賃金研究所

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2020年1月~12月

コロナの陰で密かに進行する、賃金の消滅時効期間の延長(2020.11月号)

●コロナの陰で密かに進行する、賃金の消滅時効期間の延長(2020.11月号)  ~未払い賃金の消滅時効が3年に延長されています~

ここ半年間ほど、新型コロナに関連する記事ばかりを掲載してきましたが、その陰で本年4月より労働分野にも大きな影響を及ぼす重大な法律改正が行われていますので、今回はそれを解説します。

 

1.賃金に関する時効期間延長

本年4月1日より、未払い賃金を請求できる期間が従来の2年から3年に延長されているのです。これはそもそも民法が4月より120年ぶりに大改正されているのが影響しています。どういうことかと言いますと、3月以前の旧民法では、債権の時効に関して原則10年と定められておりましたが、債権の種類ごとに細かに時効期間が異なっており、賃金に関しては1年間の短期消滅時効とされていました。

しかし1年では労働者の保護に欠けるということから、民法の後から出来た労働基準法では2年と定められました(労基法第115条)。


民法は私人間の権利義務関係を定めた一般法と言われる法律で、他に拠るべき根拠がなければこれをベースとしますが、一方で労働基準法は特別法と呼ばれ、一般法の民法と特別法の関係では特別法が優先するというのが法の適用の大原則となっています。従って賃金債権は2年とされていたのです。

ところが4月以降は債権の時効は原則5年として統一されることとなり、債権ごとに細かく異なっていた時効期間は廃止されました。そうなると一般法の時効が5年で、労働者保護法である特別法の労働基準法が2年ではバランスを欠くことになり、すったもんだした結果、労基法も4月以降、密かに5年に改正されてしまったのです。


但し、いきなり2年から5年では、使用者の負担が重く影響が大きいことから、当面の間は3年間ということになりました。そしてこの当面の間とは5年間で、5年経過後に再検討するとなっています。つまり令和6年以降については原則通り5年になる可能性もあるのです。


ただ労働者が過去3年分請求できるのはまだ少し先の話です。と言いますのも、新法が適用される債権は本年4月以降に発生したものから対象となるからです。賃金債権の発生日は各企業で決められた支払日がこれに当たります。例えば末日締め翌月20日支払いの会社の場合は、令和2年4月20日支払い分給与から時効が3年になるということです。つまり3年分溜まるのは令和5年になってからであり、今直ちに過去3年分が請求できるわけではありません。


労基法は通常の賃金だけでなく、様々な金員の規定を置いていますが、それらも総じて3年の時効となります。これを図示すると以下の通りです。

◎時効期間延長(3年)の対象となる主なもの

(1)賃金の支払い(労基法第24条)
(2)休業手当(労基法第26条)
(3)出来高払いの保障給(労基法第27条)
(4)割増賃金(労基法第37条)
(5)年次有給休暇中の賃金(労基法第39条)

※退職金は従来通り5年
※災害補償、年次有給休暇の繰越は従来通り2年


また付加金も原則5年(当面は3年)になった影響も見逃せません。付加金とは、未払い賃金があるとして裁判上の紛争になって負けた時に、実際の未払い額だけではなく、裁判所の命令で制裁的に「倍返し」させらせるもので、以下の金員が対象となります。

(1)解雇予告手当 
(2)休業手当
(3)割増賃金
(4)年次有給休暇中の賃金


2.その他労務に関連する民法改正(参考)

今回の民法大改正は多岐に渉るのですが、そのうち労働分野に関連することを簡単に触れておきます。


(1)生命身体侵害の場合の時効の統一

従業員が業務に起因して死傷(メンタルを含む)した場合、会社に対して損害賠償請求されることがあります。安全配慮義務または職場環境配慮義務違反を問う債務不履行に基づく損害賠償請求と、故意過失を問う不法行為に基づく損害賠償請求のことです。

旧法では債務不履行と不法行為では時効に違いがありましたが、生命や身体の侵害による損害賠償においては以下の通り整理されることとなりました。

(旧)            

債務不履行  10年       
不法行為    3年 

   ↓

(新)
債務不履行、不法行為 ともに権利行使できることを知ったときから5年、権利行使できるときから20年

(2)法定利率が変動制へ


未払い賃金があったとき、差額請求はもとより、必ず遅延損害金という利息を請求されます。従来は商事利息は6%の固定制でしたが、これが廃止されて3年ごとの変動制となり、現在は3%となっています。
但し退職者から請求された場合は、賃金の支払いの確保等に関する法律(特別法)により、14.6%という、破格な高率となっており、これは変更されていませんので注意が必要です。

(3)身元保証契約に極度額の定めが必要に


入社時に身元保証書を取ることがあるかと思います。これに関しては「身元保証に関する法律」があるのですが、この改正ではなく、民法の個人根保証契約の保証人の責任が変更されていることが影響するものです。
個人根保証契約とは、個人が元本、利息、違約金、損害賠償金等不特定な債務保証をする契約のことですが、従来は無限に保証を求めることも理屈上は可能だったものが、あらかじめ極度額なる限度を明示しておかなければ、無効とされることとなりました。これは身元保証契約にも適用され、身元保証人に損賠賠償を行う場合は必ず極度額の明示がないと賠償請求ができないこととなります。

給与の〇ヶ月分などという表記では明示したことにはならず、かといって高額な金額を記載するとサインしてもらえない可能性もあり、これをいくらに設定するかは悩ましい問題です。
ただ身元保証書は金銭賠償を求めるだけでなく、人物保証や仲裁機能もあり、極度額を定めればその額を必ず請求できるわけでもありませんので、あまり欲張らないことです。

今回はここまでとして次回は、時効が伸びたことにより今後考えられるリスクと、対策について検討したいと思います。


(文責 特定社会労務士 西村 聡)

 

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