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2025年1月~12月 | 社会保険労務士法人ラポール|なにわ式賃金研究所

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2025年 中小企業の賃上げ動向を探る(2025.4月号)

●2025年 中小企業の賃上げ動向を探る(2025.4月号)


賃上げ圧力が高まっています。大手企業は本格的な春闘の時期を迎え、新聞やテレビでも報道量が多くなっており、従業員が賃上げに期待値を持つ素地が形成されています。昨年の連合の集計によると、100人未満の企業における平均値上げ率は3.98%、金額ベースで9,626円でしたが、今年の連合は中小企業においては率で6%以上、金額ベースで18,000円以上を目標に掲げています。

こういう数字を聞くと、経営者の中にはいくらくらい上げたらいいのか悩んでおられる方も多いかと思います。そこで今回は昨年の賃上げ実績からみて中小企業はどのくらいが実相場なのかを見てゆきたいと思います。

まず参考にしたいのが大阪シティ信用金庫が毎年取引先企業にアンケート調査している内容が大阪の中小零細企業の相場実態を表現しているので、昨年2024年のデータをご紹介します。


1.賃上げを実施した企業割合:51.8%

※約30年間横這いだった賃上げが、2022年から急激に上昇し出しているが、それでも半数の企業は賃上げを実施していない。これは労働分配率が大手に比べて高いため、そもそも余力がないこと、価格転嫁が進んでいないことが推測される。賃上げしない理由の約6割は「景気や業績の先行きが不透明」となっており、今年は関税で恫喝を図るトランプ政権の登場でさらにこの思いは強まっていることが予想される。


2.賃上げ率の状況:賃上げを実施した企業平均3.43%、賃上げを実施していない企業を含めた平均でみると1.73%

※これを見ると新聞紙上で踊っている数字はかなり高めである。連合が掲げた5%以上となった企業は全体のおよそ30%。大見出しに踊らされないことが肝要。ただし今年はこの数字を上回ることは確実と思われる。


3.賃上げ理由:上位「雇用維持・士気高揚」「業績向上・回復」「物価上昇に対応」で約9割を占める

※これに加えて見逃せないのがここ数年にわたる最低賃金の上昇と、人で不足による初任給相場の上昇である。これについては後述する。


4.総人件費を増やす企業割合:58.5%

※2022年まではおおむね30%以下であったものが、2023年から50%を超え、今年もこの傾向は続くと思われる。

また、東京商工会議所がまとめた2024年の数字によると、賃上げ額平均9,662円、賃上げ率は3.62%となっており、大阪より若干高めであるが、率はおおむね同水準です。

参考  東京商工会議所調べ
    卸売業  10,345円 3.67%
    製造業  8,954円  3.40%
    建設業  9,405円  3.29%
    運輸業  5,162円  2.52%
    医療介護 5,477円  2.19%

6.初任給相場 産労総合研究所2024年調査

大学卒:225,475円(対前年3.85%アップ)
高校卒:188,168円(対前年4.58%アップ)

※高卒相場が高くなっているのは、ここ近年の最低賃金の大幅な引き上げが影響していると思われる。例えば大阪の場合、現在の最低賃金は1,114円であるが、中小企業に多い1日8時間、年間105日として計算すると、193,167円となる。これは相場ではなく、これを下回ると最低賃金を割ってしまうということだ。

しかもこの最賃上昇基調は2029年まで継続する見込みで、大阪では今秋70円アップも覚悟しなければならない。そうすると先の例では、205,305円となる。つまり大阪で高卒を採用しようとすれば、205,305円以上でないとそもそも募集ができないということだ。

従って「雇用維持・士気高揚」「業績向上・回復」「物価上昇に対応」という事由だけでなく、最賃圧力も大きな要素となっており、バブル期を超えた超売り手市場において採用困難な状況がさらに初任給上昇圧力となっている。

2024年の経団連の調査だが、大卒初任給を1万円引き上げた企業割合は70%を超えており、このトレンドも当分続くものと思われる。


7.ではどのくらい上げればいいのか?

あくまでも自社の業績と今後の見通し次第ではあるが、賃上げの余力があるのであれば、基本給総額を4%程度引き上げた場合の増額原資の中から、各自への評価と期待と生計費の観点から、その原資を社長の裁量で振り分けてゆくことになろう。ある人は6%を超え、ある人は現状維持とか2%となっても仕方がない。合理的な差異と考える。

運転資金から考えて4%がきついのであれば、3.5%、3%と原資を変えてみて判断するしかない。賃金引上げのためには価格転嫁をできるだけ進め、従業員には会社も努力するが引き上げる以上、「皆も1時間当たりの付加価値(利益)を上げられるように努力してくれ」とを促して、言い続けることは必要だろう。

いずれにしても生き残りをかけた賃上げレースが始まったと認識すべきである。早晩、賃上げできない企業は退場を迫られ、淘汰されてゆくだろう。


(文責 特定社会保険労務士 西村 聡)

人事評価を複数人で行うときの知っておきたいルール(2025.3月号)

●人事評価を複数人で行うときの知っておきたいルール(2025.3月号)


皆様の会社では人事評価を行っておられるでしょうか?

人事評価とは「会社が社員に要求する職務遂行能力の程度、遂行結果、貢献度、遂行態度などを評価し、人事処遇・賃金処遇・人材育成に反映させる基礎的な手段である(日経連 2002)」と定義することができます。

処遇への反映だけでなく、人材の育成という視点が極めて大事なのですが、このことに関してはまた別に機会に解説したいと思います。今回のメルマガでは如何に人事評価を公正に行うか、ということについて先人が積み上げてきた統一ルールをご紹介したいと思います。


その前に、社長一人が評価者である会社の場合は、このような統一ルールを意識する必要はありません。もっと言えば社長の主観で結構です。社長の価値観や思いを素直に評価に出せばそれで構いません。その主観が法令に抵触するとか、公序良俗に反しない限り、自由に行えばよいのです。社長の価値観がその会社の評価軸であり、その結果に対して全責任を負う訳ですから。

ただ部課長に一次評価をさせる場合など複数人で評価を行う場合は、統一ルールを理解しておく必要があります。そうしないと同じ事実を見ていても、評価者によって著しい違いが生じ、公正さが失われ、部下から不信感を買うことになるからです。

人事評価は諸刃の剣です。やり方を間違うとかえって不信感、不満感が増幅され、やらない方がマシだったということになりかねません。はっきり言いまして、上司と部下との間に最低限の信頼関係がないとか、上司が敬われていないケースではやらない方がマシです。

最低限の信頼関係があるという前提において、公正さを担保するためにどのようなことに気を付ければ良いのでしょうか?以下簡単に人事評価の原則的なポイントを解説します。


1.職務外の事柄を考盧しないこと
2.評価対象期間外の出来事を考盧しないこと
3.人物評価をしないこと
4.思惑や私情を挟まないこと(会社の評価基準により粛々と)
5.絶対評価で行うこと
6.一つの行動は一つの評価要素が原則
7.業績(成果)評価は外的要因は考えず、事実のみが原則


1.職務外の事柄を考盧しないこと


勤務時外の活動は評価の対象事実として取り上げません。例えば、

〇プライベートの領域のもの
〇休憩時間中の出来事


は評価の対象外となります。従って「飲み会にも来ないし、一人で昼食を食べていて、会話をしない」という社員がいても、評価を下げることはできません。飲み会はプライベートの領域であり、昼食は休憩時間のことだからです。

2.評価対象期間外の出来事を考盧しないこと


通常、6か月間(半期)や1年間(通期)という評価期間を設けますが、この間に起こった事実だけを取り上げ、この期間から外れる事実は評価の対象とはしません。
例えば、前期の重大なミスが今期にも影響してしているというケースの場合、一旦前期においてマイナス評価しているのですから、今期もマイナス評価で引きずらないようにしなければなりません。 

3.人物評価をしないこと


どうしても行動評価ではなく、人物評価をしてしまいがちになるのですが、人事評価の対象領域は「仕事そのもの」「能力(スキル)」「業績(成果)」「執務態度(情意)」であり、その人の性格、人格、外見、印象、年齢、性別、学歴などで見てはいけません。

そういった意味では人事評価で見ている部分はその人間の氷山の一角だけとも言えます。
 


4.思惑や私情を挟まないこと(会社の評価基準により粛々と)


評価者になる上司には各々自分の人生観、価値観があるはずです。でも人事評価においてははひとまずそれは脇へ置き、会社が定めた基準、規則、ルールに基づいて粛々と行うのも原則となります。

つまり自分と比較しないことです。例えば自分に厳しい上司は、それを部下の評価にも援用してしまいがちですが、これは対比誤差というエラーの1種となります。

5.絶対評価で行うこと


絶対評価を理解するには、対極にある相対評価をまず理解すると分かりやすいです。相対評価とはある特定の社員を基準として比較したり、評価結果を意図的に分布させるやり方ですが、絶対評価はその人自身を評価基準に照らしてどうだったかを判断するものです。例えば5段階評価において、全員5評価の基準に達していれば、理屈上は全員5評価もあり得ます。

原資との関係で最終評価の段階で相対化させることはありますが、一次評価の段階では絶対評価で行います。これは育成という視点でも非常に大切なことです。

6.一つの行動は一つの評価要素が原則


一つの行動を様々な評価要素に当てはめると、代表的なエラーの一つ、ハロー効果を招くこととなります。例えば、

遅刻で度々迷惑を掛けたる社員がいる場合、規律性と協調性を低く評価してはいけません。遅刻した事実は会社のルールを守っていない行動として規律性が欠如しているとの評価はできますが、チームワーク守るという意味の協調性まで下げると、遅刻という事実を複数の評価要素に当てはめていることとなり、これもエラーの一つとなってしまいます。

7.業績(成果)評価は外的要因は考えず、事実のみが原則


営業マンが典型的な例ですが、業績において運不運が関係してくることがあります。これはどのように考えたらよいのでしょうか?結論として運不運は全く考慮しません。結果だけを冷徹に見ます。これは運不運は誰にでもあり、長いスパンで見ると平均されるものと考えるのです。

例えば基本に忠実なスイングで打ったホームランも、出会いがしらのホームランもホームランに違いはなく、結果に差は付けません。但し前者の方が後者より成果の再現性が高いため、業績では差がつかなくとも、能力評価の部分で差が付くこととなります。


(続きは 次号にて)


(文責 特定社会保険労務士 西村 聡)

令和7年4月から育児介護のルールが改正されます(2025.2月号)

●令和7年4月から育児介護のルールが改正されます(2025.2月号)

 

昨今、育児や介護と仕事の両立が重要視され、両立出来るようにするために会社に求められる責務が大きくなっています。その流れで令和7年に育児・介護休業法の改正が行われ、概要は以下の通りとなっています。


(育児に関する制度の改正)

1.子の看護等休暇

子供の病気等の理由で本人が申し出ることにより1年度に5日(対象となる子供が2人以上であれば10日)まで休暇を取得できる制度。有給である必要はない。

(改正点)

・対象となる子の範囲の拡大…今までは小学校に入る前の子がいる場合だったものが小学校3年生までの子がいる場合に改正
・取得事由の拡大…子供の病気や予防接種・健康診断のみから学級閉鎖や入園・卒園・入学式への参加でも認める必要
・取得できる対象労働者の拡大…雇用期間が継続して6か月未満の方は労使協定により除外出来ていたが、今回の改正で除外出来なくなり週2日未満の勤務のみ の者が除外可能に。

2.所定外労働時間の制限(残業免除)の対象拡大

子供を養育する労働者が残業しないことを希望した場合法定内・法定外に関わらず事業の正常な運営を妨げる場合以外は所定労働時間外の労働をさせてはいけないという制度

(改正点)

・対象となる子の範囲の拡大…3歳未満の子を養育する労働者だったものが小学校に入る前までの子を養育する労働者に変更となった。
   


3.短時間勤務制度の代替措置にテレワークを追加

3歳未満の子を養育する労働者が希望した場合、短時間勤務を認める必要があるが、どうしても困難な場合に認められる代替措置にテレワークが追加

(改正の結果)代替措置が

(1)育児休業に関する制度に準ずる措置(育児休業と同じような休業制度)
(2)始業時刻の変更等
(3)テレワーク

4.育児の為のテレワーク導入(努力義務)

3歳未満の子を養育する労働者がテレワークを選択できるようにすることが努力義務に


5.育児休業取得状況の公表義務適用拡大

育児休業等の取得状況を現行従業員1,000超の企業だったのが、300人超に引き下げ


(介護に関する制度の改正)


1.介護休暇を取得できる労働者の要件緩和

家族の介護により本人が申し出た場合に1年度に5日(対象家族が2人以上でであれば10日)まで休暇を取得できる制度。有給の必要はない。

(改正点)


・取得できる対象労働者の拡大…雇用期間が継続して6か月未満の方は労使協定により除外出来ていたが、今回の改正で除外出来なくなり週2日未満の勤務のみの者が除外可能に
 


2.介護休業制度(介護休暇と違いまとまった期間の休業)について

・介護休業制度を周知するための研修や相談窓口の設置などを行い、家族の介護が必要となった際に従業員が介護休業を取得しやすい環境を整えておくことが義務化。
・実際に介護が必要な労働者がいた場合に個別の制度を周知し意向を確認することが義務化
・労働者が40歳に達する年度もしくは誕生日から1年の間に介護休業制度について情報適用することが義務化

3.介護の為のテレワーク導入(努力義務)

家族の介護が必要な労働者がテレワークを選択できるようにすることが努力義務に


○R7年10月1日施行 育児・介護休業法改正(主に育児に関するもの)

(育児期の柔軟な働き方を実現するための措置)

3歳から小学校に入るまでの子がいる労働者に対して
   (1)始業時刻の変更
   (2)月10日以上のテレワーク
   (3)従業員が利用できる保育施設の設置運営等
   (4)子供を養育しやすくするため年10日以上の休暇(有給でなくてもよい)の付与
   (5)短時間勤務(1日の所定労働時間を6時間に変更する)制度

以上、5つの中から2つ以上を選択し就業規則に盛り込み、その2つのうち労働者が希望すれば1つを選択できるようにすることが義務化。
 


(仕事と育児の両立に関する個別の意向聴取・配慮)

子供が生まれたときおよび3歳になるタイミング(3歳の誕生日の1か月前から1年間)で勤務時間帯や勤務地、育児と両立する為の制度の利用、そして就業条件について意向を確認することが義務化
 

  
以上がR.7年の法改正です。


例えば看護休暇や介護休暇については有休を取得する労働者の方が多いこともあってか利用は少ないように思えますし、時短勤務を希望する労働者は多いものの残業時間の制限を希望する従業員というのは少ない印象は受けますので、今回の改正については私の感覚では影響はあまり大きくないように思いますが、従業員が育児や介護と仕事を両立する為に会社に求められる役割は年々増大していっていますので、さらに会社の負担が増大していく懸念があります。

(文責 社会保険労務士 田中 数基)

2025年は経営計画に、「労務管理向上策」を盛り込もう その2(2025.1月号の2)

●2025年は経営計画に、「労務管理向上策」を盛り込もう その2
~経営を向上させるために労務管理を改善するための8つのポイント~ 

 

さて、前回は月は「2025年は経営計画に、労務管理向上策を盛り込もう」と題して、その為に留意すべき8つのポイントがあるとお話しました。

1.社長が明確な経営のビジョンを語り、従業員が共感すること(経営理念・方針)
2.人事の要諦、雇ってはいけないヒトを雇わないこと(募集・面接・採用)
3.職場のルールを明確にし、文書化すること(就業規則・雇用契約書)
4.労働法や労働社会保険の加入等法令を守ること(法令遵守)
5.賃金、人事評価などの人事制度を分かりやすく示すこと(賃金・人事考課制度)
6.コミュニケーションを重視し、モチベーションアップとトラブル防止を図ること(心の報酬)
7.従業員は自然に育たないので、強制と継続の仕組みで教育指導を行うこと(管理職研修・社員教育)

このうち、1から4は前回申しましたので、今回はその続きです。


5.賃金、人事評価などの人事制度を分かりやすく示すこと(賃金・人事考課制度)


中小企業の労務コンサルタントをしております経験上、人事制度を整備しなければならない理由は2つあると思っています。一つは、後継者への円滑な事業承継のため、もう一つは有為な従業員を失わないためです。どういうことでしょうか?

まず後継者への円滑な事業承継についてですが、大手企業とは違い、中小企業の事業承継は、ほぼ社長の息子さんが継がれます。他人が承継するケースはほとんどありません。これが現実です。そしてこれが、最も全うな事業承継の形であるとも考えています。何故なら、経営者の家系に育った子供は、有形無形に経営の薫 陶を受けることができるからで、いわゆる親父の背中を見て育った財産は、反面教師の部分も含めて貴重な財産であるからです。サラリーマン家系の人材には、 残念ながらこれが伝わりません。

また企業経営は多くのリスクを取る事でもあるのですが、このリスクを他人に負わせるより、経営家系に育った子供が引き受けるのが、性(さが)だと思っているからです。

ただ、そうは言っても、2代目以降になって代が代わって来ると、どうしてもオーナー社長が持っている「カリスマ」や「オーラ」が弱まって行く傾向がありま す。今までは、オーナー社長がパワーで封じ込めたていたことが、通用しなくなっていくため、どうしても「制度や仕組み」で下支えする必要が出てくるので す。労務管理に関して制度や仕組みとは、賃金や評価制度等の人事制度がこれに当たるわけです。

もう一つの理由が有為な人材を失わないためです。

中小企業の組織風土に欠落しがちな要素に「適度な競争原理」と「上昇志向」があります。人材が活性化するにはこの二つは欠かせません。しかし新卒採用が少なく、同期やライバルがいないために競争原理が働きにくく、また将来、上の方へ上がって行ける道筋が整備されていないことと、モデルになる社員がい ないことから、上昇志向を引き出すことも出来ず、有為な人材でも見切りを付けて辞めてゆくことがあります。

特に小規模企業の場合、ほとんどが同族経営で運営されています。ですからいくら頑張っても、経営家系でない限り、経営者の立場に上り詰めることはあり得ません。つまり社長を目指す!という人は、その会社で力を発揮する可能性はなく、仮に一時従業員であったとしても、その人には単なるステップアップの 踏み台でしかありません。こういう人は引き留める人材というより、初めから割り切って考える必要のある人でしょう。

中小企業にとって必要なのは、経営を任せる後継者ではなく、部長をそつなく安定的にこなしてくれる、信頼のおける人材のことです。つまり経営者と同等の立場までは求めない、しかし会社のことを考えて仕事はして欲しい、かつ信頼できる存在であることが重要です。

ただ、こういった上昇志向のある人材も中小企業の場合、たくさんいるわけではありません。非常に限られた人材の中から、財産となる「人財」を育てて行かなければならないのです。会社を伸ばして行きたいのであれば、やはり信頼のおける部長の存在は欠かせないのです。

私自身もサラリーマンで数社の転職経験がありますが、残念ながら多くの中小企業には「将来に対する見える化」が充分ではありません。これを働く従業員の立場でみると、「今はいいとしても、年をとったときにこの会社でずっと頑張る意味があるのかな」とか、自分の先輩を見るにつけ「俺の50歳の姿はこの 人と同じか・・・・・」となると、その潜在能力を発揮できないままに埋もれてしまうことになるのです。または転職する動機ともなるでしょう。

ここで注意が必要なのは、全従業員が必ずしも、上昇志向があるとは限らないことです。全員が人事制度によって上昇して行くというのは残念ながら幻想です。ここで大事なのは、ごく一部の限られた有為の人材を失わないことです。仕組みさえあれが、上の方へ上がって行ける可能性がある人材であるにもかかわらず、その仕組みがないため、埋もれてしまうとしたら会社にとっても本人にとっても不幸なことです。ですから「将来に対する見える化」が必要なのです。これが人事制度が必要な二つ目の理由です。
以上の視点から、もし人事制度が整備されていないとお考えでしたら、ここから改善して行きましょう。

6.コミュニケーションを重視し、モチベーションアップとトラブル防止を図ること(心の報酬)


ある意味、これが労務管理では一番大切なことかもしれません。これまでコンプライアンスや制度論をお話ししましたが、語弊を恐れずに言えば、法令や制度に 多少の落ち度や杜撰さがあったとしても、「心の報酬」が担保されていれば、何とか上手くやって行くことができるからです。逆に言えば、これがなければ、何 をやっても上手くいかないのです。

これに関して、従来から確立された実証理論があります。それはハーツバーグという臨床心理学者が唱えた二要因理論です。人間には不満要因と満足要因があると言われています。満足に関わるのは、「達成すること」「承認されること」「仕事そのもの」「責任」「昇進」など。これらが満たされると満足感を感じるのですが、欠けていても職務不満足を引き起こすわけではありません。これらは「動機付け要因」と呼ばれます。

一方、不満に関わるのは「給与」「対人関係」「作業条件」など。これらが不足すると不満を引き起こしますが、満たされたからといっても満足感に繋がるわけではないとされています。単に不満足を予防する意味しか持たないという意味で「衛生要因」と呼ばれます。

私は常々、「労務は感情、労務は心理学」と申しています。人間は感情を持った資源です。理屈や法律通りに動いているわけではありません。もし、職場のコミュニケーションに問題があるとお感じでしたら、如何にして心の報酬を与えることができるか、これを検討して行くことになります。

7.従業員は自然に育たないので、強制と継続の仕組みで教育指導を行うこと(管理職研修・社員教育)


社員教育も大切な経営課題の一つです。そしてこれに関しても二つのポイントがあります。一つは、強制すること、もう一つは継続することです。

結論から申し上げますと、中小企業の社員教育は、社員を信じて自主性に任せてはいけません。強制して追い込んで行く仕組みが必要なのです。特に管理職として期待する人材ほどそうしなければなりません。彼らはまともな人材ではあるのですが、決して自然発火はしないのです。いわばマッチと一緒。常に摺っ て火を点し続ける必要があるのです。つまり強制です。ところが意外にも、経営者は自主性に期待する傾向があります。気をつけたいものです。

継続も大切な要素です。残念ながら一度くらい研修を行ったくらいでは人は変わりません。大きな研修を単発でやるよりも、小さなものでも良いですから、繰り返し繰り返し行うことが大切です。繰り返すことによって、行動と思考パターンが徐々に変化して行くのです。

人の性格は変えられませんが、行動や思考方法は変化させることができます。また、特に中小企業にとっては、良い番頭を作れるかどうかが家業から企業になる分かれ目のような気がします。管理職の養成は非常に重要な経営課題であると言えます。

8.多様な人材の有効活用(高齢者、女性、障害者、外国人)


最近よく耳にするようになったダイバオーシティ・マネジメントのことです。和訳すると「多様な人材がいきいきと働ける職場環境を作ること」です。これは1企業の問題と言うよりも、日本社会全体に対する問題とも言えます。

今、日本社会は経験したことのない人口減少社会に突入しました。この問題に対応してゆくには、(1)移民を受け入れる、(2)AI(人工知能)化す る、(3)現行労働者の生産性を上げる、(4)まだまだ眠っている女性や高齢者を掘り起こす、ことなのです。ダイバーシティ・マネジメントとはこのうち (4)に当るわけです。

少し大きいテーマですが、そう遠くない将来、こういった問題に対応できるかどうかが、企業の盛衰を左右して行くことになるのかも知れません。
最後に、

労務問題は重要な経営政策ですが、後回しになりがちです。漠然と鳥瞰すると、どこから手を付けて良いかわかりません。今まで申し上げたことを切り口として、労務問題から経営を向上させる一助になれば幸いです。

(文責 特定社会保険労務士 西村 聡)

2025年は経営計画に、「労務管理向上策」を盛り込もう その1(2025.1月号)

●2025年は経営計画に、「労務管理向上策」を盛り込もう その1
~経営を向上させるために労務管理を改善するための8つのポイント~ (2025.1月号)

企業経営の3要素として「ヒト、モノ、カネ」とはよく言われることです。しかし一般的に経営計画を作成するとき、「ヒト」に関する政策が抜け落ちて いることが多いと感じています。確かに「ヒト」に関する改善活動は一番難しいものです。何故なら「ヒト」は「モノ」や「カネ」と違い、感情を持った動物であり、心理的要素が成果に大きく影響する上、効果が見えにくいからです。


しかし3要素である「ヒト」に関する政策、言い換えれば労務管理の改善活動も経営計画に落とし込み、一つ一つ着実に向上させて行かなければなりません。労働分野は、大事だと分かっていながら、ややもすれば劣後に置かれ、おざなりに経過して行くことになり易いからです。


そこで今回は、経営計画を策定するに当って、「ヒト」に関する問題にアプローチしようとするとき、どこから手を付けるべきか、そのヒントになる大切な8つのポイントをお話ししたいと思います。


■企業業績向上のための、労務管理向上策8つのポイント■

1.社長が明確な経営のビジョンを語り、従業員が共感すること(経営理念・方針)

2.人事の要諦、雇ってはいけないヒトを雇わないこと(募集・面接・採用)

3.職場のルールを明確にし、文書化すること(就業規則・雇用契約書)

4.労働法や労働社会保険の加入等法令を守ること(法令遵守)

5.賃金、人事評価などの人事制度を分かりやすく示すこと(賃金・人事考課制度)

6.コミュニケーションを重視し、モチベーションアップとトラブル防止を図ること(心の報酬)

7.従業員は自然に育たないので、強制と継続の仕組みで教育指導を行うこと(管理職研修・社員教育)

8.多様な人材の有効活用(高齢者、女性、障害者、外国人、フレキシブル社員)

1.社長が明確な経営のビジョンを語り、従業員が共感すること(経営理念・方針)


経営理念を策定しておられる会社も多いことでしょう。「どのような会社にしたいのか」、「事業を通じてどのように社会に貢献するのか」などを定めることが多いと思いますが、経営理念とは、いわば「社長の思い」を文書化して見える化したものです。

この経営理念、従業員に落し込みするためには、「企業の目的は何か?」ということが明確になっていなければなりません。つまり「何の為に」ということです。これがぼやけると、すとんと腹落ちしないのではないでしょうか?

経営理念とは少し離れますが、「安全第一」という標語を例にして、理念の落しこみを考えたいと思います。よく工場などで見かける標語ですが、この意味は何でしょうか?
これは安全があらゆることに最優先するというメッセージを、従業員に発しているということです。つまり、現場において「安全」と「効率」が競合する場面に 遭遇したとき、「効率」を落としてでも「安全」を優先して行動しなさいと言っているのです。この理念が落とし込まれていれば、現場は迷うことなく安全作業 を優先します。迷ったとき、判断の指針が生まれることとなるのです。


会社は何の為に存在するのでしょうか? 仕事は何の為に行うのでしょうか?誰の為に行っているのでしょうか?「社長の思い」は、従業員に浸透していますか?

もしそうでなければ改善が必要ですので、どういう対策を打って浸透を図るべきかを計画に盛り込むようにしましょう。

2.人事の要諦、雇ってはいけないヒトを雇わないこと(募集・面接・採用)


人事の要諦は採用にあり、といっても過言ではないくらい大切なテーマです。特に中小企業におけるここでのポイントは、「優秀なヒトを雇う」ことではなく、 「雇ってはいけないヒトを雇わない」ことであると考えています。ヒトにおける2:6:2の法則というものがありますが、上位20%のスーパー社員を採用するのは難しいので、せめて下位20%のダメ社員を採用するミステイクを避けたいものです。つまり、真ん中の60%の普通のヒトを安定的に採用すれば、あとはそのヒトたちを活かすも殺すも経営者次第といったところでしょうか。


ここで普通の人の定義をしておきますと、「一般的社会人としての常識を持った人」ぐらいの意味です。所詮、面接ではその人のスキル(仕事に直接必要な技術や知識)は分かりません。しかし多くの中小企業の実態から推測すると、会社は特別にスキルの高い人を求めているというよりも、常識のある普通の人 求めていることが大半です。つまり、普通の人であればきちんと仕事のスキルは教えて行く気はあるのです。おおよその仕事はきちんと教えれば普通のヒトなら 出来るものです。しかしそれ以前に、常識や生活態度から教えるとなると話は別です。これは家庭のしつけの問題だからです。
ところがこういう人物が簡単に入ってくるから困るのです。


これを防ぐにはいくつかの方法があります。もし採用活動が弱いとお感じであれば、具体的にどのような方法で、募集、面接、採否決定して行くのかを検討して行くことになります。

3.職場のルールを明確にし、文書化すること(就業規則・雇用契約書)


ここでは主に就業規則や雇用契約書など書式の整備のことを言っています。特に就業規則はきちんと作りこんで運用していれば、経営の武器になることを認識し て頂きたいと思います。よく市販のモデルに社名を入れただけとか、助成金を受給するために作ったような就業規則をお見かけすることがありますが、これでは 経営の武器になりません。

就業規則の効用を企業経営の立場から言い表すと、会社の防御機能であると言えます。労働法はその根幹に、強い経営者から弱い労働者を守る! という思想で貫かれています。ですから法的紛争になると、経営者は不利な立場に置かれることも少なくありません。

しかし就業規則は会社のルールを社長が一方的に定めることが許されているのです。この利点を活かさない手はありません。つまり「将来起こるかもしれない困ったこと」を出来るだけ多く想定し、それに具体的に対応できるものでなければならないのです。

例えば現代の企業経営において、メンタル不調者に対する対応は、中小企業においても必須の課題です。個人情報や営業機密漏洩防止のためには、電子機器やSNSへの対応も必要です。パワハラ、マタハラ等次々出てくるハラスメント問題・・・・・。

また雇用契約書、誓約書などの書式の整備も大切であり、こういったことの文書化により、トラブル社員をかなり防御することが可能になるのです。未整備な状態は、あたかも「ウイルスソフトの入っていないパソコン」のように危険な状態であると認識してください。

ルールの文書化が弱いとお感じでしたら、まずこのテーマから取り組みましょう。

4.労働法や労働社会保険の加入等法令を守ること(法令遵守)


まれにこのようにおっしゃる経営者に出会うことがあります。「労働法なんて守っていたら、会社が潰れる」。これは本当でしょうか?そのような会社を見たことがあってのことでしょうか?

少々辛口かもしれませんが、経営者がこれを言ってはダメだと思っています。何故なら、労務管理の改善はする気がないと言っているようなもので、「経営者の逃げ」だと思うからです。別に国のための法律を守るのではありません。企業経営の向上のためです。

自分の子供がサラリーマンとして就職する会社として相応しいですか?コンプライアンスは充分ですか?親の立場で安心して送り出せる職場ですか?

現代は昭和とは違い、IT技術の飛躍的進歩により、情報が容易に入手できます。昭和まではごく限られた知識人しか情報を持っていませんで たが、今は誰もが知識人になり得ます。労働のように生活に密着した情報は、関心が高いものです。法令の不備を従業員が知らないことはないと考えるべきで、 表面化しないのは不満として言っていないだけ、と考えておいた方が良いでしょう。知らないのではなく、言わないだけなのです。


こういった社会背景の変化は、きちんと法令を守っている者が割を食う(かもしれない)社会から、きちんと法令を守っている者が生き残る、全うな社会に移行して行くものと考えられます。生き残るためにも、法令遵守は大切な経営課題です。もし不備が多いとお感じなら、まず労務診断をして改善を図ってゆく こととなります。

以下次号。

 

(文責 特定社会保険労務士 西村 聡)

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