メニュー

コロナの陰で密かに進行する、賃金の消滅時効期間の延長 その2(2020.12月号) | 社会保険労務士法人ラポール|なにわ式賃金研究所

インフォメーション(過去のメルマガ)

2020年1月~12月

コロナの陰で密かに進行する、賃金の消滅時効期間の延長 その2(2020.12月号)

●コロナの陰で密かに進行する、賃金の消滅時効期間の延長(2020.12月号)  ~未払い賃金の消滅時効が3年に延長されています~

前回11月号では、賃金の請求時効が2年から3年に延長され、コロナ禍でも着々と進行していることについて解説しました。今回はこれによって考えられるリスクと対策について、検討してみたいと思います。


まず考えられる最大のリスクは、労働者から過去3年分を纏めて請求されてしまうことです。後述しますが、残業代に関してはどんな企業でも何らかの不具合があり、完璧なところは非常に少ないというのが実情です。
また昨今の同一労働同一賃金の法整備や裁判例により、非正規社員が手当類を請求しやすい環境が整いつつあります。

そして普段は何らかの不満を持ちながらも特段文句を言わず、大人しく仕事にに従事していた方が、何かのきっかけで不満が爆発し、紛争となった時に一番金銭換算し易い過去賃金債権へ向かうパターンと、退職後において遠慮する必要がなくなったことから請求してくるパターンがあります。


我々経営者側に立つ者が警戒しているのは、労働者側に立って活動される勢力が一定数あり、これらの方々から寝た子を起す様に焚き付けられて、紛争が炙り出されることです。
あたかもカードローン会社への過払い金請求のように、TVやラジオコマーシャル、電車の中吊り広告、ホームページ等で広告宣伝が行われる可能性を否定できません。こういった勧誘を見た労働者が、ある日突然、会社へ多額の過去賃金未払い分を請求してくるリスクです。

退職者の場合は当該本人との解決だけで済みますが、在職者であれば他の従業員への波及もあり得ます。今ならまだ時間があり、そういったリスクが表面化する前に手立てを打っておく必要があるのです。賃金消滅時効が3年になったリスクとは、以下の通りです。

1.裁判になれば付加金も3年分かかる
2.2023年4月から60時間超の時間外労働は5割増になる
3.同一労働同一賃金による手当のリスク
4.そもそも残業代が正しく計算されていない


以下、順に概要を説明いたします。

1.裁判になれば付加金も3年分かかる


前回も触れましたが、付加金とは、未払い賃金があるとして裁判上の紛争になって負けた時に、実際の未払い額だけではなく、裁判所の命令で制裁的に「倍返し」させらせるもので、所謂残業代もその対象となります。

つまり最悪、6年分に等しい支払いを命じられることとなってしまうのです。仮に月1万円の差額がある場合でも、総額72万円もの金額になります。さらにこの金額に遅延損害金が加算されてしまいます。

(解決方法としては)

・まず当事者同士で折り合いを付けて、金銭和解ができないか模索する。
・勝ち目が薄ければ、事前折衝の段階(あっせん、調停、労働審判を含む)で和解し、本訴訟を起こされないようにする。通常はまず代理人弁護士から内容証明が届きますので、その段階で和解をするのが賢明です。
・もし本訴訟を起こされてしまえば、裁判長から和解勧試が出ますので、そこで和解する。
・和解できず、第一審で付加金の請求が全額認められた場合でも,会社が控訴して,口頭弁論集結前に未払い金を一旦払ってしまう(少なくとも付加金の請求はできなくなる)


2.2023年4月から60時間超の時間外労働は5割増になる(中小企業の場合)


現在は過重労働となるような長時間労働を行わせたとしても、割増率はどこまで行っても25%です。しかしこれが2023年4月からは、60時間を超える時間外労働の割増率は倍の50%に跳ね上がるのです。


2020年から中小企業でも残業の上限規制が厳しくなっており、完全週休2日制でない多くの中小企業の場合、残業可能なMAXは、年間720時間(内、年6回は月42時間でなければならない)です。
単純に月平均でいうと、(42時間×6回)+(78時間×6回)=720時間となります(法律上は単月99時間まで可能だがここでは割愛する)。
しかし78時間は考えものです。60時間を超過してい18時間分は5割増で計算しなければなりません。

コスト自体が掛かることもあるのですが、中小企業の場合、高機能の勤怠管理システムや給与計算ソフトを使用していないことも多々あり、実務上、60時間で切り分けて計算事務を行うのは労力的にも相当な困難が予想されるのです。

しかし一方で、労働者側に立つ弁護士等の専門家は、タイムカードの数字を入力すれば、いとも簡単に残業代を自動計算してくれるソフトを保持しています。60時間超にも当然対応済みです。仮に基準内賃金30万円の人に上限規制一杯の残業をさせた場合でも、5割増分が抜け落ちた場合の概算額は3年間で28.5万円になってしまいます(30万円÷170H×0.25×18H×36か月)。


(解決方法としては)

何よりも月60時間を超えない訓練?を今からしておく必要があります。実務上のMAXは年間720時間ではなく、612時間(42時間×6回+60時間×6回)です。これを超えなければ、そもそも5割増になることはありません。


3.同一労働同一賃金による手当のリスク


中小企業においても2021年4月より、改正有期パート雇用法、いわゆる正社員と非正規社員との待遇の均衡を目指す日本版同一労働同一賃金が始まります。これに関しては2019年8月から2020年2月にかけて、本メルマガ紙面において連続特集を組みましたが、本年10月に3つの大きな最高裁判決が出て、何が不合理になるのか更に予測可能性が高まりました。

ここではこの解説は後日に行いたいと思いますが、給与に関し簡単に申しますと、

(1)基本給、賞与、退職金に関しては一定の前提※があれば、不合理性は問われない(差異があっても許容される)
(2)手当に関しては、一定の前提※があっても、手当の趣旨※※によって不合理と判断されやすい(正社員は支給、非正規は不支給は許されない)

と言えます。


※一定の前提とは A「職務の内容(業務の内容及び責任の程度のこと」、B「職務の内容、配置の変更の範囲(人材活用の仕組み)」、C「その他の事情」の3要素のことで、これらに正社員と非正規社員の間で違いがあればあるほど、差異があっても不合理とされないのです。ちなみに非正規社員とは短時間パート、有期契約労働者、派遣労働者のことをいいます。

※※手当の趣旨とは、その手当を支給する趣旨や目的が非正規社員にも妥当するかどうかということをいい、影響が大きいのは「家族手当」と「住宅手当」において企業側が敗訴したことです。

例えば極めてよく登場する家族手当(扶養手当)について最高裁は以下のように言います。


========
本件契約社員についても,扶養親族があり,かつ,相応に継続的な勤務が見込まれるのであれば,扶養手当を支給することとした趣旨は妥当するというべきである。(中略)正社員と本件契約社員との間に労働契約法20条所定(4月からは有期パート法第8条)の「A職務の内容」や「B当該職務の内容及び配置の変更の範囲」、「Cその他の事情」につき相応の相違があること等を考慮しても,両者の間に扶養手当に係る労働条件の相違があることは,不合理であると評価することができるものというべきである。
========


つまり3要素に違いがあろうがなかろうが、非正規社員も長期勤続が見込まれるとか、実際に長期勤続になっており、扶養家族がいるのであれば、家族手当は同じように付けなければならないと読めるのです(但し、勤務時間等に応じて割合的に差異を設けることは可能と思われるが判決でははっきりしない)。


住宅手当にしても、よくある支給基準は、持ち家であるか家賃やローンが発生しているかという差異による支給基準ですが、判決から読み取れるのは「B当該職務の内容及び配置の変更の範囲」に違いがなければ、つまりもっと分かりやすく言えば正社員も非正規社員にも転勤がないのであれば、同じように付けよ、とも読めるのです。

そうした場合、労働者側からの過去3年分の請求は、残業代と違って非常に簡単に計算できます。残業代は計算も複雑で時間の算定方法など、労使で多くの争点があり、そうやすやすと金額を確定しずらい面がありますが、家族手当や住宅手当となると、賃金規程の支給基準を見れば、いとも簡単に計算が可能です。従って、今後は残業代だけでなく、不合理と思われる手当に関して、遡及支払い請求が頻発するリスクが高まりました。


(解決方法として)

この同一労働同一賃金に関しては、また機会を改めて詳述したいと思います。

4.そもそも残業代が正しく計算されていない


語弊を恐れずに言えば、残業代をどこから見ても完璧に支払っている企業はほとんどないというのが実情かと思います。どこかおかしい。本気になれば、突っ込みどころ満載といったところでしょうか?
挙げればキリがないのですが、良く見かけるケースとして、

■計算方法がおかしいケース

◎割増率は法定基準を下回っている
◎一律単価(例えば1,000円とか)にしている
◎分子に基本給だけを算定基礎賃金にしている(除外できるのは家族手当と交通費だけ)
◎分母になる時間が大きすぎる(8時間×25日=200時間とか、物理上173時間まで)
◎歩合に残業代が計算されていない
◎固定残業代の計算根拠が不明


■時間の集計がおかしいケース

◎1日単位で切り捨て(30分未満をゼロカウントなど)している
◎労働時間が客観的に把握されていない
◎休憩時間に休めていない
◎早出分は集計していない
◎変形労働時間制の届出がないのに1日8時間超だけを集計し、週40時間超が集計されていない
◎変形労働時間制、裁量労働時間制、フレックスタイム制の運用が適切でない
◎準備、後始末行為などが労働時間となっていない(朝礼、掃除など)

■運用方法がおかしいケース

◎届出制にしているが、実態と合っていない
◎振替休日、代休の付与方法が間違っている
◎管理監督者と管理職は異なるが、管理職として残業代を払っていない
◎固定残業代を超える差額を清算していない
◎固定残業代の設計方法が不適切(基本給とのバランスが悪い、長時間含み過ぎ、何時間か計算できないなど)
◎固定残業代に合意が取れていない


これら何らかの問題があり、叩けば埃が出るもので、精査されると差額が発生することは必定となり、これが3年間、人数分、退職者も含めて広がると、どこまで行くか分かりません。

(解決方法として)

・法令に準拠してやって行くのであれば、専門家に検証を依頼し、段階的にでも是正してゆくこと。
・併せて規程等の見直しを行う。
・そもそも無駄な残業時間がないかを見直しすることが必要。

 


(文責 特定社会労務士 西村 聡)

 

お問い合わせ