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労働問題の総本山ではない、労働基準監督署の調査を理解しよう(2021.8月号) | 社会保険労務士法人ラポール|なにわ式賃金研究所

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2021年1月~12月

労働問題の総本山ではない、労働基準監督署の調査を理解しよう(2021.8月号)

●労働問題の総本山ではない、労働基準監督署の調査を理解しよう(2021.8月号)

  

私どもへの仕事のご依頼に労働基準監督署の調査への対応があります。司法警察権を有する労働基準監督官の調査ですから、他の調査とは違い、一種の独特な緊張感があるものです。ただこの調査、その性格を正しく認識している方は意外に少なく、社労士のように専門家であっても誤解をしていることがよく見受けられます。

そこで今回は労基署の調査について解説したいと思います。


ところで先ほど司法警察権と言いましたが、これは強力な国家権力の行使です。よく経営者の方は税務調査を恐れることが多いと思いますが、実は税務官は司法警察権を有しません。司法警察権とは簡単に言うと独自に犯罪捜査を行い、検察庁に送検することができる権限のことです。他にこれを持つのは例えば麻薬取締官があります。

税務調査の結果、税務官が悪質な犯罪行為を認識したとしても、税務官が刑事訴訟法に基づく捜査をし、「この悪い奴を刑事裁判にかけてください!」と送致することはできす、警察や検察に告発して代わりに犯罪捜査を行ってもらう必要があるのですが、労働基準監督官は武器使用こそしませんが、独自に刑事裁判に送る権限を有しているのです。通常、書類送検といっています。


ただここで言う通常の労基署調査は、この権限を行使しません。つまりいきなり逮捕、送検、なんてことはないのです。

 

1.労基署の調査の性格

 

司法警察権を行使した捜査ではなく、これはあくまでも行政指導です。行政指導とは簡単に言えば、企業の自主的な改善を促す行政行為であり、これに従わないこと自体をもって処罰されることはありません。あくまでも勧告や指導を受け入れて、自主的に改善を行うもので、命令とは違います(但し、安全衛生関係で危険急迫な場合は、機械の使用停止命令を出すことはあり、これには強制力がある)。

ですから例えば割増賃金の遡及支払いを勧告されることがありますが、特定の労働者に対して●●円支払え、というような命令はできないのです(ちなみにこれが可能なのは行政ではなく司法、つまり裁判所(官)のみです)。

だからと言って従わないで良いと言っているのではありません。悪質であるとか、社会的影響が大きいとか、或いは安全衛生に関わることは行政指導から司法警察権に切り替えられ、容疑者として取り調べを受け、書類送検されるリスクがあるのです。そもそも違法状態だから勧告を受けているわけで、コンプライアンスの観点からも、良好な労使関係の観点からも是正するのは当たり前です。

 

2.是正勧告と指導票


労基署の調査が入ると、大方は「是正勧告書」または「指導票」と呼ばれる書面が交付されます。他に「過重労働による健康障害防止について」なるチェックシートの様な書類を受け取ることもあります。「是正勧告書」とは、労働基準監督官が違法があると断定した場合に、根拠条文を明示して、違反内容を指摘し、指定した期日までに改善を求め、「是正報告書」において報告を求められるものです。

これに対し「指導票」とは、法違反とまではいかないが、監督官の自由な心証において改善した方が良いと判断した事柄が書かれています。当然重みととしては「是正勧告書」になるのですが、実務上はどちらも一体不可分で報告することになっています。

ちなみに労基署の指摘する法違反の条項には刑事罰が担保されており、最も重い強制労働の罪は「1年以上10年以下の懲役または20万円以上300万円以下の罰金」となっています。

 

3.罰則の適用


刑事罰を決めるのは終局的には裁判所です。監督官が行政指導ではなく、司法警察権を行使して検察庁に書類送検した場合で、かつ検察が起訴(刑事裁判にかけること)し、裁判官が有罪判決を下した場合に初めて罰則の適用があり前科となるわけで、監督官が送検しても検察の判断で起訴されないこともあり、実はかなり遠い道のりなのです。

労基法違反は簡易裁判所扱いになることがほとんどで、起訴されても略式で済まされる(公判を開かない)ことが多いのが現実ですが、起訴されるとほぼ有罪となってしまいます。

 

4.調査の種類

 

一般的には労基署の調査のことを臨検といいますが、その方法は様々です。ある日突然予告なく会社を訪れることもあれば、事前に予告文書が送られてくることもあります。呼び出し状のような形式で労基署へ出向くこともあれば、会社内で調査を受けることもあります。
また集合受付のように労基署内の会議室にブースを設営して、たくさんの企業が同時に調査を受けることもあります。

会社内で調査を受けるときは、現場も臨検可能なため、機械や化学薬品のことなど安全衛生関係の指摘も受けやすく、これに対し労基署内での調査は書類のみとなるため、一般的には労働条件に関する事項が中心となります。

調査の種類は定期監督、事故監督、申告監督、再監督の4種があります。

定期監督とは、いわばくじ引きに当たったようなもので、当該企業に何らかの意図もって調査されるものではありません。これに対して他の調査はその企業に狙いを付けて来るものです。

事故監督とは、重篤な災害が発生した場合に調査されるもので、例えばプレス機で指を切断したとか、2メートル以上の高所から転落したとか、爆発火災、巻き込まれ、化学物質の吸引、一度に3名以上被災するとか、重大災害となった場合にいわば現場調査を受けるものです。

申告監督とはいわゆる「タレコミ」であり、労働者が一定の真実性をもって違法を申告した場合に調査されるもので、申告者の名前を明かすこともあれば、さも定期監督を装ってくることも有り、判別がつかないことがあります。

再監督は私の経験上ではほとんどありませんが、まれに一度是正勧告した企業のその後の状況を確認するために再調査を受けることがあります。

 

5.労働問題の総本山ではない

 

非常に勘違いの多いところです。何か労働問題が起こると反射的に労基署を連想する方が多いのですが、実は労基署が所管する法律は思いのほか狭く、極言すると労働基準法、労働安全衛生法、最低賃金法に尽きます(あと家内労働法やじん肺法など細かな法律もあるが実務ではほとんど登場しない)。但しいずれの法律も強行法規(これを下回る契約はすべて無効)であり、刑事罰が担保されているものです。

従って今話題の「同一労働同一賃金」を規定するパート有期雇用法とか、「セクハラ」の男女雇用機会均等法、最近改正が多く来年も改正がある育児介護休業法は、同じ労働局でも「雇用環境・均等部」の所管です。
労基署では扱えない民事上の労使紛争解決制度である、「あっせん」の受付もこの部署の所管です。さらに最近頻繁に登場する「パワハラ」は労働施策総合推進法という聞きなれない法律が根拠で、これも「雇用環境・均等部」の所管です。労基署のような出先機関は持っていません。

ですから、労基署がパワハラやセクハラ、同一労働同一賃金について関与することは無いのです。


また派遣労働や偽装請負などは「需給調整事業部」の所管であり、障害者雇用や高齢者雇用に関しては「職業安定部(ハローワーク)」の所管です。

外国人雇用に至っては労働局から離れ、法務省の出入国在留管理庁が主管します。

労働保険料や労災保険に関しては労基署が窓口にはなりますが、労働基準監督行政とは別の部署で行われ、監督官の権限行使として行われることはありません。

言うまでもないことですが、社会保険のことなどは全くタッチしません。


ただ労基署には「総合労働相談コーナー」が設けられており、特に別ブースなどの仕分けはなく、労働基準監督行政の窓口と同一化しているため、外観上は見分けが尽きません。このコーナーでは民事上の労働紛争の相談にも応じるほか、助言指導も行い、場合によっては他の関係各機関の紹介なども行い、交通整理のような役割を担っています。実はこの窓口には多くの社労士が非常勤職員として配置されています。

このような機能もあることから、あらゆる労働問題の総本山のような趣きもあるのですが、実はこれまで述べてきたようにそうではないのです。

でも、やはり労基署は特別な存在です。監督官は単に公務員を志した方ではなく、労働基準監督官試験という公務員の中でも特別のハードルを越えてきた方々ですし、何度も申しますが伝家の宝刀ともいえる司法警察権を有しているのは会社にとってはやはり脅威です。


監督官も人間、調査が厳しいかそうでないかはその監督官によるとも言えるのですが、決して会社の敵ではなく、指摘を受けることによって改善活動が行われる良いきっかけになることもあり、場合にっては行き過ぎた労働者を暗に諫めてくれる味方になることもあるのです。

人次第ではありますが、上手くお付き合いして行きたいものです。

         

 

(文責 特定社会保険労務士 西村 聡)

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