平成22年1月~12月
労働条件(特に賃金、労働時間)を不利益に変更する場合の留意点 H22.7月号
●労働条件(特に賃金、労働時間)を不利益に変更する場合の留意点
1.労働条件の不利益変更とは何か?
今まで行われてきた労働条件を、会社が一方的に不利益に変更することは、既得権の侵害として原則許されないという考え方が確立されいます。特に賃金や労働時間などの重要な労働条件の変更に関しては、出るところへ出て判断を仰ぐこととなると、かなり厳格な要件が求められます。
これは長らく判例法理の世界で処理されておりましたが、平成20年3月から施行された「労働契約法」第9条、10条において、実定法の中に条文化されました。おおよそ簡単に言うと、以下のモノサシに基づいて、その有効性が判断されることになります。
1)労働条件の変更によって労働者が被る不利益の程度
特に賃金に関して、生活を脅かすような著しい減額になっていないかということです。私見ですが通常の勤務を続けて、10%以上減額になる場合は、よっぽど合理的な理由がなければ厳しいでしょう。勿論、10%以内ならOKというわけではありません。
2)会社側の変更の必要性の内容・程度
直ちに倒産の危機が迫っているなどの緊急かつ重大な事由がないといけないというものではありません。要するに第三者から見て、誰もが一応納得できる理由がなければなりません。非常に予測可能性が低い部分です。
3)変更後の労働条件の内容自体の相当性
つまり変更内容自体が、あまりに無茶じゃないか、ということです。例えば、頑張り次第では今までより倍の給与になるが、普通の勤務なら最低賃金程度の給与にしかならない、というような制度にした場合などが分かりやすいでしょう。いくら上がる可能性もあるといっても、少し無茶ですよね。
4)代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況
これは例えば、確かに賃金は下がるが、その一方で労働時間が短縮されている(代償措置)とか、変更後の制度から5年以内は新旧制度の有利な方を採用するなど(経過措置)を取っていれば、不利益性が弱まるということです。比較的判断がしやすい部分です。
5)労働組合または労働者との交渉の経緯
ある日いきなりバサッとやるのは駄目です。仮に合意に至らないまでも、ある程度の時間と手間を掛けて、労使が真摯に話し合い、説明をし、納得させる努力をしてきたかが問われ、これも比較的判断がしやすい部分になります。
6)他の労働組合又は他の従業員の対応
不利益な変更を受けない者、または受けるとしても甘受している者など、要するに紛争になっている労働者以外の者は、どのような対応を示しているかということです。当然、会社に理解を示してくれている状況が望ましいです。
7)同種事業に関する我が国社会における一般的な状況
例えば、業界の水準に比較して会社の経営を揺るがすような過度な待遇を是正するとか、時代の要請に合わせて年功賃金を能力主義賃金に変更する必要があるとか、世間の状況と比較してどうかという視点です。
非常に荒い説明ですが、これらは個別にクリアしなければならないという個別要件ではなく、あくまでも判断要素であり、総合的に判断されることになります。つまりある要素を満たしていなくても、他の要素で大きくカバーすることも可能ということです。
2.不利益変更には3つの方法がある
一般的に以下3つのやり方があります。
1)労働組合と労働協約を締結して行うこと
労働組合の執行部と合意して、協約化できれば、その組合に所属する労働者は例え、個別に異議を唱えても、包括的に拘束されます。ことさら特定の個人を差別するようなものでなければ個別同意を取らずに、一気に不利益変更ができます。
2)個別同意を取る
一番安全なやり方です。当然、書面で同意書を取ります。
3)就業規則等で一方的にやる
もともと会社に一方的な制定権のある就業規則を改定して、労働条件を使用者サイドで変えるもので、これがいわゆる不利益変更法理に照らしてどうかということで問題になりやすいケースです。勿論、個別の従業員が同意(納得)していないで、紛争状態になったケースのことですが。逆に言えば、文句が出なければ、強行法規違反(最低賃金を割るとか)でない限り、問題にならないとも言えます。しかし、表面的に不満を表明しないから不満がないと考えるのは尚早です。不満は放置すると、蓄積するものだからです。
経済情勢の厳しい折、どうしても誘惑に駆られることもあるでしょう。しかし、悪魔のささやきが聞こえたら、是非ご相談ください。慎重な対応が必要です。
文責 特定社会保険労務士 西村 聡
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