2019年1月~12月
採用が厳しくとも、妥協不可の3点セットを忘れないようにしよう(2019.5月号)
~人手不足の採用難で、判断ハードルが下がり気味・・・
~採用が厳しくとも、妥協不可の3点セットを忘れないようにしよう(2019.5月号)
平成の世が終焉を迎えた今、バブル景気で沸騰していた平成元年を上回る人手不足状態が続いています。2018年の年間での有効求人倍率は、バブル景気最高潮の平成2年を超えています(2019年2月現在1.63倍)。
また失業率も完全雇用に近い2%台という低水準で推移しています(2019.2月現在2.3%。3%未満は完全雇用状態とされている)。
特定の業界においては人材募集が極めて厳しい状況下にあり、求人を打っても応募すらないことも多いでしょう。
そういったこともあって、ややもすれば最近、採用のハードルが下がり気味になっているのが少々気がかりです。応募がなく、求人を急いでいる状況下では、焦りから、どうしても目が曇りがちになります。
いくら厳しいからといっても、最低、以下の3つの要素については、事前にきちんと確認しておくようにしましょう。いわば妥協不可の3点セットです。
1.健康状態
2.退職事由
3.出産・育児・介護・看護の有無
以下順に解説します。
1.健康状態
何よりも最優先で確認すべき事項です。労働契約の本旨は非常にシンプルで、
使用者の義務は賃金を支払うこと、
労働者の義務は労務を提供することです。
この等価関係で成り立つ契約です。そして使用者の義務である賃金の支払いは、遅らせたりカットしたりすることはできません。これは契約論以前に労働者を保護するためにある労基法弟24条違反になるからです。
一方、労働者から提供される労働力ですが、これも本来、不完全なものであってはいけません。まずは健康な状態で労務を提供する義務があります。これを規律する実定法は存在しませんが、契約の解釈上、または付随義務として当然の帰結といえます。
つまり労働力とは、能力や技術や知識や経験を期待する前に、完全な労働力を提供する必要があり、これはすなわち健康体で労働に従事する意を含みます。健康な状態で働くことは当たり前ですよね。
しかし、採用時において健康状態を労働者の方から、開示申告する義務まではありません。個人的には信義則上、労務に支障が出る状況があれば、事前に申告すべきとは思うのですが、申告しなかったからと言って、責めを負うものではないのです。この情報は、使用者の方から積極的に取りに行かないといけないのです。
例えば・・
・長時間同じ姿勢を繰り返す業務や重量物を扱う業務なら、腰痛は大丈夫か?
・自動車運転や、危険物を扱う業務では、パニックや意識障害を起こすような持病はないか?
・業務遂行に支障が出る薬物投与は受けていないか?
特に最近では精神疾患で困惑することが多発しており、健康診断結果のみでは分からないことが多くなっているのです(先の例もそうです)。
但し健康情報は非常にセンシティブな情報であり、無原則に行えるものではなく、「労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱い指針」(厚生労働省 30.9.7公示第1号)において、取得や管理に関するガイドラインが示されています。
この解説はさておき、ここで私が申し上げたいのは、民間企業においては採用活動の自由が保障されており、そのための合理的な範囲内での情報収集は認められており、不完全な労働をあえて受領しなければならない義務まではない、ということなのです(但し障がい者は傷病者と違い、一定規模の企業には法定雇用率が定められている)。
まずは健康な状態で労働が提供できるのかどうかを確認しましょう。
2.退職事由
実際に私のクライアントであった事例をご紹介します。
労働者 甲野太良(仮称)。ある業界で転職を繰り返しており、職務経歴書からは相当の技術が想像される方がでした。場合によっては即、責任者を任せられるような経歴です。即戦力が欲しいA社としては、期待をこめて採用しました。ところがこの人物、採用してみると極めて素行が不良で、問題発言や行動を繰り返す始末。たまりかねて解雇を告げると、待ってました、とばかりに労基署やあっせん機関への申し立て、訴訟と手際よくA社を攻撃してきました。後で分かったことですが、この人物、今までから行政機関の窓口でも度が過ぎた申告を繰り返す人物として有名な、いわば常習者だったのです。
もし、甲野太郎の退職事由が分かっていれば、果たして採用していたでしょうか?
他にもクライアントさんから、「彼(彼女)は前の会社でも、同じことをやってきてたようだ」とのお話を伺うことがよくあります。
先述の通り、企業には営業活動の自由があり、採用の自由もその中に含まれます。同様の行為を繰り返す蓋然性が高いと判断したならば、それを採用しない自由もあるのです。
一応申しておきますが、過去に問題行動があったとしてもそれはあくまでも過去の事案であり、今後将来に向かって真面目に"更正?"してくれる可能性もあり、一概に排除することに異論がある方もおられるかもしれません。しかし、採用後に課せられる使用者の労働法上の様々な義務の重さや経営環境の厳しさを比較考量するとき、そういった方を積極的に採用しなければならない理由はないはずです。
やはり退職事由も重大な関心をもって面接時に確認すべき事項と考えています。
3.出産・育児・介護・看護の有無
これは採用後、すぐに長期間にわたって職場を離脱する可能性があるかを探るものです。出産・育児・介護・看護に関しては、育児介護休業法ほか関連法により、労働者の権利として認められ、保護されているものであり、世の中の流れもこういったことに対して寛容に受容していかなければならないことは理解できます。
しかしここで私が想定しているのは、日本の大部分を占める中小企業、とりわけ小規模企業です。中小企業庁が発表している中小企業白書2017年版によると、企業規模と従業員数の関係は以下の通りとなっています。
大企業の労働者 0.3%
中規模企業の労働者 14.6%
小規模事業者 85.1% ※小規模事業者とは、製造業で20人以下、卸小売・サービス業で5人以下の規模を言う。
つまり世の中の99%以上が中小企業であり、20人以下で経営する事業所が85%もあるのです。
出産・育児・介護・看護に優しい社会の理念は充分に理解できますが、実際問題として小規模企業において長期離脱者が出ると、かえって周りの労働者の負担が増大し、業務に著しい支障が出かねない現実を無視できないのです。長年企業に貢献している社員なら何とか継続してもらえるような工夫を施す余地はありますが、入社して直ぐに離脱するなら、他の人を優先的に採用する選択肢があったはずです。
ここまで申し上げたことに関し、いちいち面接時に口頭にてお聞きするのはし難い事柄ですし、聞き漏れも生じやすいことから、私共ではシートを使って自己申告してもらう方式をご提案しています。面接時に応募者本人にアンケートのような形式で記入してもらうものですが、強制にならないように留意して説明します。
例えば、
「私共では面接にお越しいただいた方全員に、この申告書にご記入いただくようお願いいたしております。これは採用後に何らかの配慮事項があるのかを事前に確認するもので、あなたの健康状態や退職事由などを尋ねているものです。内容にセンシティブな事項も含まれていることから、ご記入は任意にお任せしております。もし何らかの事情でお書きいただき難いようでしたら、空欄でも結構です。宜しければご協力ください」
このようにご説明すると、ほとんどの方は記入してくれます。記載内容を採否の判定にどう活かすかは企業の判断です。また万が一書いてくれなかった方をどう判断するかも企業の自由です(私共ではこのシートもご提供しています)。
求人情勢が厳しいと、どうしてもハードルを下げざるを得ません。しかしこの3点セットの確認は必ず行っておくことが、その後のリスクやトラブルを回避する最低限の予防策だと考えています。またリスク回避のための採用判定方法はは他にもありますが、ここでは最低限のことを記しており、かつリスク回避が目的であり、有能人材の判定は考慮から除外していることを念のため、付言しておきます。
(文責 特定社会保険労務士 西村 聡)