2019年1月~12月
迫りくる同一労働、同一賃金!!その対策を考える その5(2019.12月号)
●迫りくる同一労働、同一賃金!!その対策を考える その5(2019.12月号)
具体的対応策(前回からの続き)
7.各手当の趣旨目的を明確化する
今回の法改正により法条文に「当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして」という文言が新たに入りました。この意味するところは、当該待遇の趣旨目的を明らかにしておかなければならないことを意味します。つまり賃金規程の各手当の条文ごとに、その手当の支給条件だけでなく趣旨目的を記載しておけば、司法はそれを尊重して判断してくれる可能性が高くなったのです。そこで代表的に登場する手当についてその記載例を提示します。
(1)家族手当 長期雇用を前提とし、その間の家族構成の変化による生計費の増減を踏まえ、中核的人材の確保、育成、定着を主たる目的として会社に貢献してくれること期待して、以下の基準により支給する。
※旧来は生活援護として支給していることが多いかと思われる。しかしこの主旨だと非正規社員で世帯主であるにもかかわらず未支給の場合に説明がつかない。
(2)住宅手当 長期雇用を前提とし、その間の広範な異動(転勤、出向など)や生活環境の変化に対する住居費の負担を考慮して、中核的人材の確保、育成、定着を主たる目的として会社に貢献してくれること期待して、以下の基準により支給する。
(3)役職手当 役職者として会社から任命された従業員につき、会社の業績向上に資するための特別な責任や役割に対して、以下の基準により支給する。
(4)資格手当 例1 長期雇用を前提とし、従業員の専門スキルの向上支援による会社の業績アップを目的として、会社が資格取得を命じた場合に、以下の基準により支給する。
例2 長期雇用を前提とし、従業員が在職中に自発的に資格を取得し、会社の業務を遂行する上で有益である資格と判断した場合は、資格取得者に対して以下の基準により支給する。但しその資格が職務に活かされていないと判断される場合は、支給を打ち切ることがある。
(5)営業手当 長期雇用を前提とし、職務内容の違いを考慮して中核人材に対して恒常的に時間外労働が発生する可能性を考慮し、実際の残業時間の有無にかかわらず、その全額(○時間分)を定額の時間外手当として支給する。
(6)○○手当(包括的に使用) 長期雇用を前提とし、職務内容の違いを考慮して、トラブル対応や緊急業務に対応する従業員の負荷に報い、定着を図る目的で正社員に対して支給する。
8.リスクの高い手当は他の原資へ統合する
正社員のみに付けている手当でリスクが高いと考えられるのが以下のものです。
皆勤手当・(特殊)作業手当・職務手当・運転手当・その他趣旨目的が明らかにできない手当
こういった手当は極力廃止し、その原資を基本給など他の課目に統合する方がリスクは低減されます。例えば皆勤手当の場合、出勤督励がその最大の目的ですが、非正規社員には督励する意味はないのかといえば、疑問の残るところです。但し正社員は1日たりとも欠勤されるとダメージが大きく、パートの場合はダメージが少ないので督励の必要性が低いといった事情の場合、或いはパートには皆勤手当がない代わりに皆勤であれば時給がアップするような事情の場合、不合理とまでは言えない余地もありますが、リスクは残ります。
廃止してしまえば、不合理性の判断自体が不可能となり、総額にて格差があっても問題となりません。
9.賞与は100対ゼロ(オールorナッシング)は避ける
賞与にはさまざまな目的がありますが、その中で業績配分という視点もあります。ただそうした場合、パートの貢献度はゼロか?といえば、疑問が残るところです。生活保障、賃金の後払い、将来への期待など他の目的を考えても、100対ゼロで勝負するのはかなりリスクが高いと思われます。
こういった場合の回避策は、とりあえずゼロは避け、幾ばくかは支給しておくことです。そうすれば理屈は何とか付けられます。正社員との割合差は会社の判断で結構です。その判断を不合理とはなかなか認定できないのではないかと思われます。しかしゼロにしてしまうと、不合理となった場合、司法が勝手に8割支払えとか判断してしまいますので、そうなるリスクを減らす道は、ゼロは避けることです。
ただ、一部支給でも大幅な原資アップとなり、それも困難な場合は、「職務の内容(第一要素)」、「人材活用の仕組み(第二要素」のいずれにも違いを設け、「その他の事情(第三要素」を盛り込むことです。
但し正社員の人事考課制度がきちっと機能している場合は、パートはゼロでも行ける余地がありますが、人事制度の内容にかなり左右されます。
10.退職金は当面は触らない
退職金についてはガイドラインもなく、司法判断でも判然としないのが現状です。これは前記の賞与と違い、100対ゼロでも通用する余地があり、下手に先走って改定するリスクの方が高いと判断します。
ただ一応、現行の正社員に適用される退職金規程に以下のような条文を入れておくのは有用かもしれません。
規定例
(退職金の目的)
第00条 退職金は長期雇用を前提とした中核的人材に対する功労報償を手厚くすることでその確保・育成・定着を図る趣旨であり、賃金の後払いとして支給するものではない。
11.正社員に人事制度(賃金制度、評価制度、キャリアパス)を導入する
いわゆる同一労働同一賃金をめぐる裁判における判決文や政府のガイドラインにおいて、正社員に人事制度が設計されており、きちんと運用されていればかなり会社に有利な材料になることが暗示されています。先ほど非正規社員に対する賞与のゼロはリスクが高いとか、皆勤手当は廃止した方が良いと言いましたが、これらも人事制度がきちんと機能していれば別の判断があり得るところです。
例えば人事制度の考え方の違いとして、
正社員:多様な職務を経験させることを前提に人間力を含めて長期的に育成を行って行く主旨のもと、能力給を導入し、将来の多様なキャリアパスを整備し、人事考課によって時には厳しい査定を受けることがある
パート:キャリアアップは予定しておらず、簡易な職務のもと世間相場を勘案する程度で賃金を決定する
としている場合など、そもそも同じ土俵で不合理性を判断できないのではないかと思われますし、仮に同じ土俵に乗るとしても、明らかに人事処遇制度が異なるため合理的かどうかはともかく、少なくとも不合理とすることはできないと考えられるからです。
従って、今後は鉛筆ナメナメでなんとなく正社員の処遇を決定するのではなく、人事制度を導入して処遇コースを分けておくのが安全策の一つと言えます。
12.無期転換パートを奨励する
有期労働契約を5年経過すると、希望により無期契約に転換できる制度があります。当初は雇止めができなくなる無期転換を敬遠する動きが大勢でしたが、昨今の人手不足もあって人材つなぎ止めの必要性が大きくなると共に、予想されたほど希望者も少なかったことから、無期転換に対する抵抗がなくなってきているように思います。
であれば、むしろ有期フルタイム者の無期転換を積極的に促し、場合によっては5年を待たずに転換できる制度を作って誘導してゆくのも効果的な対策の一つとなります。何故なら、フルタイムで無期転換した者は、有期パート労働法の保護下の対象外となるからです。つまり正社員との待遇差があっても比較対象にできないのです。
また有期またはパート雇用者を無期の誰と比較して不合理性を判断するかといえば、一般的には最も近い立場にある労働者です。そして無期転換した場合、通常は転換前と同条件にて期間だけがなくなることがほとんどであり、そうすると無期転換していない有期・パート労働者との待遇格差がもともとないことになり、不合理性が判断できなくなることが予想されるのです。
また非正規社員の一つ上に、無期フルタイムで職務内容や人材活用の仕組みは同じ階層を設けておくことも考えられます。
13.正社員登用制度を設ける
正社員へ転換できる制度を構築しておくことは、その他の事情として考慮されやすと思われます。何故なら非正規社員の身分をずっと固定化するのではなく、希望があれば正社員になれるチャンスがある会社ということになるからです。現行のパートタイム労働法においても第13条において通常の労働者への転換策を4つのメニューの中から選択して導入することが義務付けられていますが、そのメニューの一つが正社員登用制度です。
まだ全く導入していない場合はもちろんのこと、他のメニューを選択している場合でも、正社員転換制度を導入しておきたいものです。
14.正社員と非正規社員の就業規則を分離する
有期パート雇用法おいて違法と判断されても、将来にわたって契約内容を修正する補充効はありません。したがって仮に違法と判断されても直ちに正社員の就業規則が適用されるのではないのですが、規程が分離されていないと正社員の就業規則が適用されてしまうリスクがあります。実質的に補充されてしまうのです。
リスクの高い就業規則の適用範囲の文言は次のようなものです。
第00条 この就業規則は会社の従業員に適用する。但し有期契約社員は別に定める。
このような場合で、別冊の有期契約社員用の就業規則がないようなケースです。そうすると会社の従業員とは全従業員と解釈され有期やパートも対象となってしまうのです。
(以下次号)
(文責 特定社会保険労務士 西村 聡)