2026年1月~12月
令和8年度の賃上げをどのように考えるべきか (2026.4月号
賃上げ圧力がかつてないほど高まっています。経営者として頭の痛い問題ですが、どのように考えればよいのでしょうか?
1.賞与と違い賃上げは相場がある
賃金には月例賃金と賞与があります。どちらもどの程度出せば(上げれば)良いのか悩むところですが、この二つの賃金相場には明確な違いがあります。どういうことかと言いますと、月例賃金の賃上げは相場感がありませので意識すべきですが、賞与は相場があってないものと考えてよいと思います。
私は28年間、社会保険労務士という職業に携わっており、この間企業の賞与明細を見てきていますが、平均値や中央値の感覚は得難く、まさに千差万別なのです。金額もバラツキが多いのですが、そもそも賞与を出す慣習がない企業も小規模企業の中には相当数あります。従って、日経新聞などに踊る景気の良い賞与支給額に踊らされる必要はありません。
しかし月例賃金の場合は千差万別ではなく、おおよその支給範囲に中で集約され、それをベースに額や率が決まるため、バラツキの少ない相場が出来上がるのです。従って、まず世間はどうなっているのかを知る必要があります。
2.世間相場はどうなっているのか
ここでは3つの統計をお示しして、相場感を皆さんと共有したいと思います。
「令和7年 賃金引上げ等の実態に関する調査(厚生労働省)」https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/jittai/25/dl/10.pdf
「2025年度の中小企業の賃上げに関する調査(日本商工会議所)」https://www.jcci.or.jp/file/sangyo2/202511/202511_survey.pdf
「中小企業における2025年の賃上げ動向(大阪シティ信用金庫)」https://www.osaka-city-shinkin.co.jp/houjin/pdf/2025/2026-3-26.pdf
厚生労働省 日本商工会議所 大阪シティ信用金庫
■1人平均改定額 13,601円 13,183円 ―
(11,089円 20人以下)
※大阪シティは額を出していないが、13,000円平均と見てよい。
■1人平均の改定率 4.4% 4.73% 3.14%
※大阪シティの調査が少し低めだが、おおよそ4.0%程度は見ておく必要がある
■賃上げ実施企業の割合 91.5% 64.5% 57.3%
(予定含む) (45.8% 10人以下)
※日本商工会議所や大阪シティ信用金庫の調査では、35%から40%の企業で賃上げ自体を実施していないこともわかる。
■1人平均の改定額及び改定率の推移(厚生労働省 令和以降)
令和元年 5,592円 2.0%
令和2年 4,940円 1.7%
令和3年 4,694円 1.6%
令和4年 5,534円 1.9%
令和5年 9,437円 3.2%
令和6年 11,961円 4.1%
令和7年 13,601円 4.4%
※令和5年以降に急激に上がり始めたことが読み取れる。
■実在者賃金の相場(令和6年賃金構造基本統計調査 大阪 全産業 100人未満平均)
~19歳 211,200円
20~24歳 254,100円
25~29歳 273,400円
30~34歳 338,400円
35~39歳 337,700円
40~44歳 370,300円
45~49歳 429,500円
50~54歳 366,100円
55~59歳 392,300円
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00450091&tstat=000001011429&tclass1=000001224440&tclass2=000001225782&tclass3=000001225794
3.賃上げを行う理由はどうなっているか
厚生労働省 大阪シティ信用金庫
1位 企業業績 業績見通しを先取り
2位 労働力の確保・定着 業績向上回復を反映
3位 雇用の維持 雇用維持・士気高揚
4位 世間相場 ―
※企業業績(業績向上を反映)が各々高いのは、無い袖は振れないということか。それでも労働力の確保定着(雇用維持士気高揚)のために頑張っている姿が見える。
4.高卒初任給相場 急上昇の脅威
今秋も最低賃金の上昇により、高卒採用賃金の相場がアップすることは確実です。大阪の場合、直近3年間の上昇幅は41円、50円、63円と急激に上がってきており、今年も70円程度の上昇は覚悟する必要があると考えています。仮に70円上昇して1,247円となった場合、月間の平均所定労働時間別に見た最低額は以下の通りとなります。
173H 215,731円(週40時間制においてギリギリの年間休日数の場合)
170H 211,990円
165H 205,775円
160H 199,520円(1日8時間で完全週休2日制の場合)
150H 187,050円(1日7.5Hで完全週休2日制の場合)
これをご覧になって分かるように、週40時間ギリギリで設定している会社は最低でも215,731円出さないと、そもそも高卒求人が出来ないのです。週40時間ギリギリとは、年間休日を以下の休日数で設定している場合です。
1日8時間の場合 年間105日
7時間45分の場合 年間96日
7時間30分の場合 年間87日
この215,731円には皆勤手当や通勤手当、残業代(固定残業代を含む)を除外してクリアしなければなりません。高卒ですから各種手当が付くことは余り想定されず、基本給のみで215,731円必要となるのです。これはあくまでも最低賃金をクリアするだけのことであり、採用相場とは異なります。おそらく大阪では高卒初任給で22万円を超える水準が当たり前になるでしょう。
(参考 令和7年 全国平均学卒初任給 高卒202,000円 大卒 249,500円 厚生労働省)
5.具体的にどうしたらよいか
自然科学の方程式のような確固たる回答が有る訳ではありません。しかし何らかの指針がないと判断に迷いますので考え方の流れを整理したいと思います。
(1)世間相場を確認する
↓
(2)今後の企業業績見込みから、年間(または毎月)いくらの原資アップに耐えられるかを概算で見積もる
↓
(3)定期昇給がある会社はまず定期昇給する
↓
(4)ベースアップを考える
(1)世間相場を確認する
これはすでに記載しましたが、ポイントは昇給額平均13,000円(昇給率では4.0%)、高卒初任給は220,000円、30歳で30万円程度を抑えておきましょう。
(2)今後の企業業績見込みから、年間(または毎月)いくらの原資アップに耐えられるかを概算で見積もる
直近の決算書のPLとBSを基に今期の見込みを立て、年間(または毎月)どのくらいの人件費が上がっても耐えられるかを検討しましょう。人件費は給与額におおよそ20%を上乗せして見積もりましょう(法定福利費分がおおよそ20%弱)。
PLから見て赤字を避けたい場合は黒字を確保できる範囲で、赤字になっても賃上げしたい場合はBSから見て資金余力があるか検証します。これにておおよそどのくらいまで原資が確保できるかを見積もっておきます。
原則13,000円×120%×正社員数で見積もり、これが過大であれば逓減させ、余力があれば加算します。
(3)定期昇給がある会社はまず定期昇給
定期昇給とは「年齢給表」や「勤続給表」といった時間軸で自動的に上がってゆく賃金のことですが、小規模企業ではほとんど持っていないため、これを考慮する必要はありません。
こういった賃金表をもっている場合は、これは約束事になっていますから機械的に上げざるを得ません。ただし(2)により検証した結果、経営に著しい危険を及ぼす可能性がある場合は、社員の同意を得たうえで一時ストップすることもあり得ます。
(4)ベースアップを考える
(4)の1 賃金表がある場合
賃金表(上記の「年齢給」「勤続給」に加えて「職能給表」など)がある場合、これ自体を上方に書き換えることをベースアップ(ベア)といいます。これを検討する必要があるケースは、生計費に見合わなくなってきている場合です。つまりこの表のままでは食える賃金を支払えないといったケースです。小規模企業では賃金表を持っている所は僅少なのでここでではこれくらいに留めます。
(4)の2賃金表がない場合
このケースが大半かと思いますので、簡略化した手順を申します。
①生計費として耐えうるか考える
まず先述したように世間相場を頭に入れた上で、自分の会社の賃金水準が生活できる賃金になっているかを検証します。つまり生計費として物足りなくはないか?ということです。評価で配分する以前に、そもそも食える賃金でないと人材が辞めて行きますし、採用もできません。
私の私見を申せば、普通クラスの社員の場合、採用時初任給から10年かけておおよそ10万円くらいアップするカーブを意識すべきです。23万円で採用したら、10年後には33万円(手取りで27万円くらい)にはなっているということです。
この水準までは雇った以上経営者の責任とし、それ以降は従業員の頑張り次第、といったところでしょうか。
②評価により配分する
人事制度がない場合、社員を次の4ランクに分けてください。
A 辞められると困る大切な社員
B Aではながこの1年間の頑張りに報いてやりたい社員
C ABではない普通の社員
D ダメ社員
今期の総昇給原資は既に決まっていますので、その範囲内での世間の昇給額(率)を参考にそれを少し下回るくらいの感覚で比例配分してゆきます。例えばAランク10,000円、Bランク7,000円、Cランク4,000円、Dランク0円といった感じです。そのように分配して原資に余りが出れば、Aランクの社員の中で個別に加算します。
③社員マトリクスで微調整する
社員マトリクスとは、縦軸にAからDランクを、横軸に給与額をおき、碁盤の目になるマスを作って社員名を入れて行きます。右上のマスになるほど社長の評価が高くかつ給与も高い方、逆に左下には評価も給与も低い社員が入るはずですが、俯瞰してバランスが悪いところがあれば、微調整します。
長々と述べてきましたが、社長の頭を悩ます昇給のあり方について参考にしていただければ幸いです。
(特定社会保険労務士 西村 聡)




