平成24年1月~12月
事業主や役員も加入できる特別(労災)加入制度の落とし穴 H24.8月号
●事業主や役員も加入できる特別(労災)加入制度の落とし穴
~認定されれば非常に頼りになるが、労災が効かない場合もあることに気をつけよう~
労災保険(正確には労働者災害補償保険という)は、その正式名称がいうように、労働者の業務上又は通勤途上における災害を対象にする保険です。この労働者とは労働基準法に定義される労働者のことで、「職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」とされています。
この労働者と使用者(いわゆる社長、役員、個人事業主の意味)とは相対する概念であり、使用者は労働者でないため、労災保険の対象にはなりません。しかし中小事業の使用者の中には、経営者としての側面だけでなく、労働者に準じて業務を行うことが多いのが実情です。つまり、製造業なら社長もプレス機を使用して金属加工業務をしたり、小売業なら社長もお店に出てレジ打ちをすることがあるといった具合です。
このような実情を考慮して、使用者であっても一定の要件の元で、労災保険の保護下に置こうというのが特別加入制度なのです(特別加入にはこれから説明する「中小事業主用」だけでなく、「一人親方用」や「海外派遣用」などがありますが、ここでは割愛します)。
特別加入の概要を簡単に説明します。
1.対象となる中小事業主
労働者数が小売業など50人以下 卸売,サービス業100人以下 製造業,運輸業・建設業など300人以下 の規模の使用者です。
2.加入要件
ア 1名以上の労働者がおり、労働保険が成立していること。
イ 労働保険事務組合に労働保険事務処理を委託していること。
この労働保険事務組合とは、厚生労働大臣の認可を受けた民間団体のことで、おもに事業協同組合、商工会議所、社会保険労務士会などがあり、これらの団体と委託契約を結ぶ必要があるものです。
3.保障内容
使用者も労働者とみなして労災保険を適用しますので、給付内容は業務上も通勤上も全く同じです。つまり、療養、休業、障害、遺族、介護などの事由で給付されます。但し、休業しても通常役員報酬は日割りしないため、休業補償を受けることはほとんどないでしょう。
4.保険料
収める保険料は使用者自らが、最低日額3,500円から最高日額20,000円の13段階の間から選択して、日額を365倍した年額にその事業の労災料率を乗じて計算します。
ちなみに日額10,000円を選択した金属加工製造業者の場合は、年間で1名36,500円の保険料です。
概要は以上の通りですが、ここからが今回の本題です。
よく電話勧誘等で「社長も労災に入れるようになりました!」とか、誤解を与えるような勧誘をしてくる労働保険事務組合があるようです。また労災が支給されないケースをきちんと説明していないこともあるようです。
例えばこんなケースです。
○社長が通常、労働者が行わない業務(経営業務)遂行中に、被災した場合
・・・従業員は現場作業に従事するのみで業務で銀行に行くことはなく、社長が銀行に融資の申し込みに行こうとして交通事故に合った場合などが考えられます。
○従業員を伴わずに、一人で被災した場合
・・・業務自体は従業員も行う内容のものであっても、休日に社長が一人で出勤して、プレス加工していたような場合が考えられます。
また裁判でも、建設事業主が現場の下見中に死亡した事案で、妻からの遺族補償給付請求が労基署から不支給処分とされたため、最高裁まで訴えたのですが、棄却されています(広島中央労基署長事件 H24.2.24 最高裁)。
【事案】
社長Aは建設事業の労災に特別加入していた。A社長は橋梁建設工事予定地の下見に一人で赴き、その途上で池に転落し死亡した。A社長の会社では時折、従業員がA社長に同行して外出することはあったが、従業員は通常はもっぱら現場作業のみに従事していた。A社長の会社では建設事業の特別加入はしていたが、営業管理業務の労災加入はしていなかった。
つまり使用者としては普通に仕事をしているつもりでも、その業務が従業員を伴わない業務であったり、経営者としての業務であるとみなされた場合や、またはそもそも複数事業ある中の一部事業しか加入していない場合、、労災が支給されないことがあるのです。
ただ従業員が通常被災するケースで使用者が被災した場合は、先述の通り従業員と全く同じ給付が受けられ、その内容は民間保険の追随を許さない手厚いものとなっていますので、きちんと理解の上、加入手続きを行えば、非常に心強い保険であることに違いはありません。
ちなみに私は社会保険労務士業として加入しております。
文責 特定社会保険労務士 西村 聡
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